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札幌地方裁判所 平成10年(ワ)766号 判決 1999年6月30日

北海道名寄市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

荻野一郎

東京都中央区<以下省略>

被告

株式会社アサヒトラスト

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

岩城弘侑

主文

一  被告は、原告に対し、金二八二万四四五九円及びこれに対する平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金四六九万〇七六六円及びこれに対する平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告に委託して金と白金の商品先物取引を行った原告が、被告の従業員が商品先物取引の不適格者である原告を勧誘した、原告に対して利益を生じることが確実であるとの断定的判断を提供した、仕切りの申入れを拒否した、新規委託者保護に違反する取引を行わせた、無意味な反復売買を行わせた、実質的一任売買を行わせたと主張して、民法七一五条に基づき、被告に預託した委託証拠金残金と弁護士費用の合計額を損害賠償として請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、大正八年○月○日生まれの男性であり、本件取引の開始当時、七八歳であった。

被告は、東京工業品取引所において商品の受託業務等を目的とする商品取引員である。

2  原告は、平成九年六月二四日、被告との間で、東京工業品取引所における商品(金と白金)の売買取引を継続して委託する旨の契約を締結した。

3  原告は、被告に委託して、平成九年六月二四日から同年一二月一一日までの間、別紙一覧表記載のとおり、売買取引(以下「本件取引」という。)を行った。

二  争点

1  被告の従業員らによる不法行為の成否(原告の主張)

(一) 不適格者に対する勧誘

原告は、大正八年○月○日生まれの男性であり、本件取引開始当時、七八歳であった。原告は、主に年金収入で生計をたてており、本件取引を行う以前には、株式取引や商品先物取引の経験を有していなかった。したがって、原告は、商品先物取引を行うには不適格な者であった。

(二) 不当勧誘、断定的判断の提供

被告の従業員であるBは、平成九年五月ころから、何度も原告宅を訪問し、原告が「先物取引など興味もないし、わからないから。」と言って断っているにもかかわらず、執拗に取引を勧誘した。

Bは、同年六月二四日ころ、原告宅を訪れ、「絶好のチャンスです。金が一二五〇円を割った。一二五〇円で買って損をした例はない。」と利益が生じるのが確実であるとの断定的判断の提供を行って勧誘したが、原告はこれには応じなかった。しかし、Bはなかなか帰らず、原告に「何とか六〇万円だけでいいから預けて下さい。絶対に儲かります。」と言って取引を勧誘した。原告は、Bの勧誘に困り果て、六〇万円だけならば、ということで商品先物取引の委託契約を締結した。

(三) 仕切拒否

被告の従業員であるCは、平成九年七月三日、原告に対し、「金の値段が下がったが、新たに二〇枚の買建玉をしたいので、追証一二〇万円を支払ってほしい。」と電話した。原告は、翌日の同月四日、Cに対し、「支払った金をあきらめてもよいから取引をやめたい。」と言い、手仕舞いするよう要求したが、Cは「今止めても、損害は今回支払ってもらう一二〇万円では済まない。」と言い、取引を継続するよう強要した。

Cは、さらに、同月八日、原告に対し、「追証一八〇万円を支払ってもらいたい。これを支払えば、今後は追証の問題は発生しない。」などと述べ、同月九日、一八〇万円を支払わせた。

原告は、平成九年七月一五日、被告に対し電話で手仕舞いを指示し、遅くとも同年八月中には手仕舞いするよう指示したが、被告はこれに応じなかった。

その後も、被告は、原告に対し、同年七月三〇日に五三万八八七六円、同年九月二九日に七三万八四七〇円、同月三〇日に七二万一五三〇円の追証拠金を支払わせた。

(四) 新規委託者保護義務違反

被告の従業員は、原告に対し、本件取引の開始後三か月以内に、外務員の判断枠である二〇枚を超える取引を行わせた。

(五) 無意味な反復売買

被告の従業員は、本件取引において、手数料を稼ぐ目的で、原告に対し、多数の両建、日計り、手数料不抜けなど、特定売買と呼ばれる無意味な反復売買を行わせた。これらの取引は、商品先物取引の経験のない原告が自主的に行ったものではなく、被告の従業員の主導により行われたものである。本件取引における被告の手数料収入は二七四万六四〇〇円であり、これは、預託証拠金残金四二九万〇七六六円の六四パーセントを占める。

(六) 実質的一任売買

本件取引において、原告から取引の注文が出されたことはなく、原告は、BやCの助言、判断に全面的に依存せざるを得ない立場にあった。原告は、BやCから言われるままに証拠金を預託した。被告の従業員らは、自らの判断で売買取引を行い、原告には事後的に報告書を送付していた。本件取引は、被告の手数料稼ぎを目的とする実質的一任売買であった。

2  損害額(原告の主張)

原告は、被告の従業員による前記1の不法行為により、次の損害を被った。

(一) 委託証拠金残金 四二九万〇七六六円

(二) 弁護士費用 四〇万円

3  過失相殺(被告の主張)

原告は、製材工場を経営した経験があり、自衛隊では補償賠償業務を担当したこともあった。原告は、被告の従業員から説明を受け、「商品先物取引委託のガイド」を読むことにより、商品先物取引の仕組みを十分に理解していた。原告は、商品先物取引がハイリスク・ハイリターンの投機的取引であることを理解したうえで、少なくとも六〇万円程度の損失であれば取引をしても構わないと認識していた。原告は、本件取引の開始後、北海道新聞の商品取引の欄に毎日目を通し、担当の従業員の指示に反して自らの判断で値上がりを予測して仕切りを待つように指示したこともあった。

第三争点に対する判断

一  争点1(不法行為の成否)について

1  不適格者に対する勧誘について

(一) 争いのない事実及び証拠(甲二二、二三、乙三、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、大正八年○月○日生まれであり(本件取引の開始当時は七八歳)、昭和一七年に陸軍航空飛行学校を卒業した後、陸軍に勤務し、終戦後は製材所を経営していた。原告は、その後、陸上自衛隊に勤務し、補償賠償業務などを担当し、昭和五四年に退職した。原告は、昭和四八年から自宅で書道教室を開いており、多いときで五〇ないし六〇名の生徒がいた。原告は、本件取引を開始する以前には、商品先物取引の経験を有していなかった。

(2) 原告は、本件取引の開始当時、年金により月額約一八万円、書道教室の月謝により月額約五万円の収入を得ていた。原告は、自宅の土地建物のほかに、札幌市内に約一〇〇坪の土地(時価約五〇〇万円)を所有している。

(3) 被告は、年金により主として生計を維持する者などの不適格者に対する勧誘を行わないこととする旨の内部規則を定めている。

(二) 原告の年齢や収入に照らすと、原告に商品先物取引を勧誘することが妥当とはいえないが、この事実によっても、原告には、商品先物取引を行うに足りる理解力、社会的経験、資金的余裕がないとはいえないから、原告に対して商品先物取引を勧誘すること自体が社会通念上相当な範囲を逸脱した不当なものということはできない。

2  不当勧誘、断定的判断の提供について

(一) 原告本人は、被告の従業員であるBから「先物取引は絶対儲かる。こういうチャンスはない。」と勧誘されたが、断り続けた、しかし、さらに「六〇万円だけ預けてほしい。絶対に儲かる。」と二日間連続で責め立てられたので、平成八年六月二四日に六〇万円を渡さざるを得なくなったと供述し、原告の陳述書(甲二三)にも同旨の記載がある。

(二) 証拠(甲二三、乙八、証人B、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、本件取引を開始する以前は、商品先物取引の経験も関心も有していなかった。被告の従業員であるBは、平成九年六月一八日ころ、原告の自宅に電話し、応対に出た原告に対し、政情不安の要因や為替の動向によれば今後は金の価格の上昇が見込まれると述べ、金の商品先物取引をすることを勧誘した。

Bは、同月一九日と同月二三日にも原告の自宅を訪問し、約三〇分ないし一時間にわたり、金の価格の動向などを説明し、商品先物取引を勧誘した。

(三) しかし、他方、証拠(乙一、二、四、五、八、九、証人B、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

原告が平成九年六月二四日に被告との間で商品先物取引の委託契約を締結するに先立ち、Bは、原告に対し、商品先物取引の仕組みや取引に関する禁止事項、商品先物取引の危険性を説明した「商品先物取引委託のガイド」、受託契約準則を交付するとともに、商品先物取引の概略の内容を説明した。原告は、この説明を受け、六〇万円であれば捨てても構わないと思い、本件取引を開始した。

被告は、本件取引の開始後、原告に対し、金、白金などの商品の相場の動向、今後の経済情勢や商品の価格の変動の見通しなどが掲載された被告発行の機関誌「アサヒトレンド」を毎週送付した。

(四) 前記(二)で認定した事実によれば、Bは、もともと商品先物取引に関心のなかった原告に取引を行わせるために、短期間で多額の利益を得ることができるとの期待を抱かせるような説明をしながら、取引を勧誘した事実を推認することができる。

しかし、その回数、時間、勧誘の際に用いられた文言に照らすと、Bの勧誘方法は、原告の意思を抑圧するに足りるものではなく、それ自体が社会通念上相当な範囲を逸脱した執拗な勧誘と認めることはできない。

また、前記(三)で認定した事実によれば、原告は、本件取引に先立ち商品先物取引の仕組みや危険性について記載のある書面の交付を受けるとともに、概略の説明を受けることにより、商品先物取引により損失を被る可能性があることを認識し得たといえる。そうすると、Bが原告に「必ず儲かる」と述べたという原告本人の供述と原告の陳述書の記載は、客観的裏付けが十分とはいえず、それのみでは採用することができない。その他に、Bが断定的判断を提供した事実を認めるに足りる証拠はない。

3  仕切拒否について

(一) 原告本人は、被告から最初の追証拠金の支払を求められたときから被告に対して取引をやめたいと言い続けた、被告から毎月末に送られてくる書類には、七月中には取引をやめたい、最悪でも八月にはやめたいと書いて返送したが、被告からは全く回答がなかった、被告の従業員であるCから、帳簿の赤字を解消しない限り取引をやめることはできないと言われたと供述し、原告の陳述書(甲二三)にも同旨の記載がある。

(二) 当時の取引の経過について、証拠(甲二三、乙八、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成九年七月四日、金の価格が下落したので、原告は、本件取引を継続するためには追証拠金を支払わなければならなくなった。そこで、被告の札幌支店営業第一部次長であるCは、Bとともに原告宅を訪問し、海外金相場の下落を説明したうえで、追証拠金一二〇万円を支払うよう求めた。そこで、原告は、同日、銀行預金から払い戻した一二〇万円を被告に支払った。

同月七日、金の価格が下落し、原告は追証拠金を支払わなければならなくなったので、Cは、原告に対し、価格、建玉状況、手仕舞いしたときの金額を説明し、両建を勧めた。そこで、原告は、同日、金三〇枚の売玉を建て、両建をした。

同月九日、金の価格が下落したので、原告は、Cからの求めに応じて、追証拠金一八〇万円を支払った。

同月三〇日、金の価格が下落したので、原告は、追証拠金五三万八八七六円を支払った。

同年九月三〇日、金の価格が下落したので、原告は、追証拠金一四六万円を支払った。

(2) 原告は、被告から次々と追証拠金の支払を求められたため、今後どれだけの金がかかるのかが心配になったので、平成九年九月ころから数回、弁護士による法律相談を受けた。その後、原告による委任を受けた原告代理人は、同年一二月一一日、被告に対し、本件取引の手仕舞いを申し入れ、本件取引を終了させた。

(三) 他方、証拠(甲二五の3、二七の8ないし11、二九、乙四、五、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、本件取引を開始したときから、購読していた北海道新聞に掲載される金の値動きの欄に毎日目を通していた。原告は、平成九年九月末ころ、被告の担当者から、同月二六日に建てた金の買玉を仕切ってはどうかとの連絡を受けたとき、今後価格が上昇すると予想したので、あと二、三日様子を見ると言って断った。原告はその後、金の価格が上がったことを新聞で確認し、同年一〇月三日、被告に指示してこの建玉を仕切った。

(2) 原告が受領した「商品先物取引委託のガイド」と受託契約準則には、商品先物取引の決済の方法と手順が記載されている。

(四) 前記(二)で認定した事実によれば、原告は、被告から追証拠金の支払をしばしば求められたころから、本件取引を継続する意欲を失い、本件取引を手仕舞いしたいと考えていたかのように見えないではない。

しかし、平成九年九月以降も原告が被告に対して追証拠金を支払いつつ本件取引を継続したこと、原告は同月一二日には新たに白金の取引を始めたことによれば、原告は自らの意思で本件取引を継続したかのように見えないではない。また、前記(三)で認定したとおり、原告が金の価格の上昇を予想し、自らの意思で被告に対して建玉の仕切りを指示し、被告がこの指示に従ったこともあった。「商品先物取引委託のガイド」などを読めば、赤字を解消しない限り取引をやめることができないと誤解するとは考えにくい。そうすると、原告が被告の担当者に対して手仕舞いしたいと何度も申し入れたにもかかわらず、被告の担当者がこれを拒否したという原告本人の供述と原告の陳述書の記載は、客観的裏付けが十分とはいえず、それのみでは採用することができず、その他に、仕切拒否の事実を認めるに足りる証拠はない。

4  新規委託者保護義務違反について

(一) 証拠(甲六の1・2、七ないし九、二五の1・2、二九、三〇、乙二、六、証人D)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告は、取引開始後三か月以内の新規委託者について、建玉枚数に関する外務員の判断枠を二〇枚とする旨の内部規則を定めており、委託者から二〇枚を超える建玉の要請があったときは、管理担当班が審査を行い、その適否を判断することとしている。

(2) 原告は、平成九年六月二四日に金一〇枚の買玉を建て、本件取引を開始したが、これに引き続き、同年七月四日には、金二〇枚の買玉を建てた。原告は、本件取引の開始後三か月以内に、九回にわたり、合計一四九枚の建玉(金の買玉八〇枚、売玉三〇枚、白金の買玉三九枚)を行った。これらの取引は、いずれも原告が積極的に行ったものではなく、もっぱら被告の担当者の助言に基づいて行ったものであった。本件取引開始後のわずか一三日後である平成九年七月七日時点では、同時に六〇枚(金の買玉三〇枚、売玉三〇枚)が建てられていた。

(3) 被告の札幌支店管理担当班の責任者であったDは、原告が平成九年七月四日に金二〇枚の買玉を建てた際、「新規委託者二一枚以上報告書」に、既存の建玉の枚数、今回の建玉の枚数を記載し、「取引の経験」欄には、商品取引の経験はないが、株式取引の経験はある、「理解度」の欄には、商品取引の仕組みをよく理解している、「資金面」の欄には、年収約一〇〇〇万円と記載し、これを本社の総括責任者に提出して承認を得た。Dは、この報告書の作成に当たっては、担当の営業社員からの聞き取りや、顧客カードの内容の確認を行ったが、原告に面談したり裏付けとなる資料の提出を求めたことはなかった。

(二) 新規委託者保護規定の趣旨は、商品先物取引が極めて投機性の高い取引であることに鑑み、新規委託者が取引開始当初の習熟期間中に不測の損害を被らないように保護することにある。そうすると、取引限度枚数を超える取引を行わせることが直ちに違法になるのではなく、この規定の趣旨に著しく違反するなどの特段の事情がある場合には、違法となる場合があると解される。

(三) 前記(一)で認定した事実によれば、被告は、原告に対し、新規委託者の取引限度枚数である二〇枚を大幅に上回る取引を行わせた。これらの取引は、いずれも原告が積極的に行ったものではなく、もっぱら被告の担当者の助言に基づいて行ったものであるところ、前記1(一)で認定したとおり、原告は、本件取引の開始前には商品先物取引の経験がなく、潤沢な資金を有する資産家ではなかった。

これに対し、被告においては、内部規則に従い所定の手続がなされたが、原告の適格の有無についての被告の管理担当班による審査の方法は、主に担当の営業社員から聞き取ったり、顧客カードの内容を確認するにとどまっており、形式的といわざるを得ず、十分な審査が行われたとは言い難い。

そうすると、被告が原告に新規委託者の取引限度枚数である二〇枚を大幅に上回る取引を行わせたことは、新規委託者保護規定の趣旨に著しく違反し、違法といわざるを得ない。

5  無意味な反復売買について

(一) 証拠(甲一五)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 売直し(買直し)は、既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に売直し(買直し)を行うものであり、異なる限月の建玉の場合も含まれる。

(2) 途転は、既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行うものであり、異なる限月の建玉の場合も含まれる。

(3) 日計りは、新規に建玉し、同一日内に手仕舞いを行うものである。

(4) 両建は、既存の建玉に対応させて、反対の建玉を行うものである。

(5) 手数料不抜けは、売買取引により利益が発生したが、その利益が委託手数料よりも少ないため、差引損となるものである。

(二) これらの取引は、相場の動向や仕切りの方法によっては利益を得る場合もあるから、顧客にこれらの取引を行わせること自体が直ちに違法ということはできない。

しかし、これらの取引は、いずれも新たな手数料の負担が必要になるし、両建については、仕切りの時期の見きわめにおいて難しい判断が必要となる。商品先物取引の委託者が自発的な意思で両建などの売買を行ったり、頻繁な反復売買を行う例もあるが(乙一一ないし一六)、「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」は、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な取引を勧めること、委託者からの手仕舞いの指示を即時に履行せずに両建などの新たな取引を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めることを厳に慎むこととしている(甲一三)。

そうすると、登録外務員がこれらの取引の意味を十分に理解していない顧客に対し、十分な説明をせず、その理解を得ないまま、手数料を稼ぐ目的で無意味な反復売買を行わせることは、違法となる場合があると解される。

(三) 本件取引の態様について、証拠(甲六の1・2、七ないし九、二三、二五の1ないし10、二九、三〇、証人B、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 平成九年六月二四日から同年一二月一一日までの間の本件取引における売買回数は、建玉を行い、仕切った回数を一回として計算すると、合計三〇回(金が二二回、白金が八回)である。売直しまたは買直しは、同年一〇月九日に建てられた白金九枚の買玉を初回として、合計五回(金三回、白金二回)である。途転は、同年九月二五日に建てられた白金四枚の売玉を初回として、合計九回(金五回、白金四回)である。日計りは、同年九月一二日に仕切られた白金八枚の買玉を初回として、合計四回(金一回、白金三回)である。両建は、同年七月七日に建てられた金三〇枚の売玉を初回として、合計一九回(金一六回、白金三回)である。手数料不抜けは、同年九月一日に仕切られた金一枚の買玉を初回として、合計五回(金四回、白金一回)である。特定売買とよばれるこれらの取引は、合計四二回である。本件取引による売買差損は一四〇万〇五〇〇円であるのに対し、委託手数料の総額は、二七四万六四〇〇円であり、売買差損の約二倍の金額である。売買差損のうちの大部分は、金、白金とも、両建した建玉を仕切った際に発生したものが占めている。

(2) 原告は、本件取引において、被告の担当者に対し自ら積極的に売買を注文することはあまりなく、多くの場合は、被告の担当者が時期をみて原告に連絡し、相場の動向と将来の見通しを説明し、取引を勧めていた。原告は、被告の担当者から、小刻みに仕切って益金を得てはどうかと助言されたので、その助言に従ったこともあった。

(四) この事実によれば、被告の担当者らは、本件取引の開始直後から、多数回のいわゆる特定売買を行わせたが(本件取引の開始からわずか一三日後に両建がなされた。)、原告が商品先物取引の経験を有していなかったこと、本件取引の経過、被告が原告に対して短期間のうちに頻繁な取引を行わせた合理的な根拠が見いだせないことに照らすと、これらの取引は、原告が任意に注文したものであっても、被告の担当者から取引の意味を十分に説明を受けて理解したうえで行ったものと認めることはできない。したがって、これらの取引は、被告の担当者らが手数料を稼ぐ目的で無意味な反復売買をさせたものであり、違法といわざるを得ない。

(五) これに対し、証人Bは、Cと同行して営業のため室蘭市に外出していた際に、Cが原告に対し、追証が発生したときの対処方法として、決済して実損を負担する方法、追証を入れて維持する方法、両建または難平をする方法があることを説明したと証言するが、相場に関する確かな予測がなければ両建を外すことは難しいことなど、両建の性質を被告が原告に説明し、理解させたことを認めるに足りる証拠はない(なお、証人Bは、Cがこのような説明をしたかどうかはわからない、両建するよりも、決済して損を出すほうが不利益が大きいと証言する)。

6  実質的一任売買について

(一) 原告本人は、本件取引においては、一度だけ被告の担当者に仕切りを指示したことがあったが、その他はすべて被告の担当者に任せていたと供述し、原告の陳述書(甲二三)にも同旨の記載がある。

(二) 確かに、商品先物取引の経験のなかった原告が最初から自己の判断のみによって被告に対して売買の注文をしていたとみるのは、むしろ不自然といえる。

しかし、前記3(三)で認定したとおり、原告は、金の相場の動向に関心を有しており、自らの意思で建玉の仕切りを指示したこともあったから、原告は、被告の担当者から相場の動向及び将来の見通しについての助言を受けた上で、自己の判断を形成し、本件取引を行ったとみえなくもない。そうすると、本件取引は、一任売買であったと認めることはできず、原告本人の供述と原告の陳述書の記載は、それのみでは採用することができない。

(三) 原告は、北海道新聞に掲載されていた金の価格は、原告が建玉をしていた金とは異なる限月のものであるから、新聞記事は取引を行う上で参考にならないと主張するが、このような事実があったとしても、前記(二)の判断の妨げとはならない。

7  本件取引全体としての違法性について

前記4、5で述べたとおり、被告の担当者らは、原告に対し、本件取引の開始直後から、新規委託者保護規定の趣旨に著しく違反する取引を行わせ、本件取引の継続中も、手数料を稼ぐ目的で無意味な反復売買をさせたから、被告の担当者らの行為は、本件取引全体として違法性を帯び、不法行為を構成する。

二  争点2(損害額)について

証拠(甲六の1・2、二五の1ないし10、二九、三〇)によれば、本件取引における原告の差引損失は四二九万〇七六六円(売買差損一四〇万〇五〇〇円と委託手数料二七四万六四〇〇円の合計額)であることを認めることができ、これが本件の不法行為と相当因果関係のある損害といえる。

三  争点3(過失相殺)について

前記一1で認定したとおり、原告は、本件取引を開始する以前には商品先物取引や株式取引の経験がなかったが、陸軍航空飛行学校を卒業した後、陸軍に勤務し、製材所を経営し、自衛隊に勤務するなど、社会的経験があったから、原告が本件取引の開始当時七八歳と高齢であったことを考慮しても、商品先物取引に対する理解力、判断力がなかったとはいえない。

前記一2(三)で認定したとおり、原告が六〇万円であれば捨てても構わないからやってみようと思って本件取引を始めのは軽率といわざるを得ないし、証拠(原告本人)によれば、原告は被告の担当者から受領した「商品先物取引委託のガイド」、受託契約準則などの書面を熟読し、理解しようとしなかったことを認めることができる。

また、前記一3(二)、(三)で認定したとおり、原告は、本件取引を開始したときから北海道新聞に掲載される金の値動きの欄に毎日目を通しており、自らの意思で建玉の仕切りを指示したこともあった。原告は、被告から追証拠金の支払を求められたころから取引を終了させたいと考えていたにもかかわらず、被告の担当者らから勧められるがまま取引を継続し、毅然とした態度を示さなかった。

このような事情を考慮すると、原告には、本件取引による損害の発生について過失があったといわざるを得ず、損害額からその四割を控除するのが相当である。

四  弁護士費用

本件訴訟の内容、審理経過、認容額などを考慮すると、本件の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として、二五万円を認めるのが相当である。

五  結論

以上によれば、原告の請求は、金二八二万四四五九円及びこれに対する不法行為の終了した日である平成九年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 龍見昇)

<以下省略>

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